大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)215号 判決

原告

株式会社東洋ウチナミテクノクリーン

(旧商号)

株式会社ウチナミテクノクリーン

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成8年審判第705号事件について平成11年6月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告(平成10年1月5日商号変更前の旧商号は、「株式会社ウチナミテクノクリーン」)は、平成5年1月21日、名称を「水中洗浄方法及びその装置」とする発明につき特許出願をした(特願平5-26078号)が、平成7年12月5日に拒絶査定を受けたので、平成8年1月12日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第705号事件として審理した上、平成11年6月1日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月14日、原告に送達された。

2  本件明細書の特許請求の範囲の請求項4に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

被洗浄物を浸漬する洗浄水を貯溜可能な洗浄槽1と、洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2を有する加圧水配管3と、前記ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4を有し、ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5とからなることを特徴とする水中洗浄装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭49-82178号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができず、本出願は拒絶すべきものであるとした。

第3原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載を摘記した部分の認定(審決書4頁11行目~6頁4行目)、本願発明と引用例発明との相違点の認定(同7頁10行目~13行目)は認める。

審決は、本願発明と引用例発明との他の相違点を看過し(取消事由1)、また、審決の認定した上記相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明が引用例発明に基づき当業者が容易に発明をすることができるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点の看過)

(1)  審決は、本願発明と引用例発明との間に、「前者(注、本願発明)が、気流配管の先端部を『開口』としているのに対して、後者(注、引用例発明)ではこれが『噴射孔』である点で相違する」ほかは、相違点がないものと認定した(審決書7頁10行目~15行目)。

(2)  しかしながら、本願発明は、「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2を有する加圧水配管3」、「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」及び「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」を備えた構成であり、このノズル2、先端開口4及び気流配管5によって、噴射する水流に、水撃のための加圧水流領域と気流を伴う加圧水流外延の領域という、異なる洗浄流体の領域を形成するものである。

すなわち、本願発明は、洗浄槽内の被洗浄物に対し、ノズル2から噴射した加圧水流によって水撃を加えるとともに、その加圧水流の外延の領域に気流を導入して被洗浄物に誘導し、上記加圧水流の水撃と気泡の擾乱及びその破裂とによって、被洗浄物を洗浄するものである。そして、気流は、「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」から、加圧水流によって発生した負圧により加圧水流中に導入されるが、加圧水流が気流を取り込めるのは、その外延の部分のみにおいてである。したがって、本願発明の水中洗浄装置から噴射される加圧水流の横断面は、中央部分に気流の混入しない加圧水流のみの領域があり、その外周を、気流を取り込んだ気液混合領域が取り囲んでいるものであって、引用例発明について後述するように、加圧水流全体に気流が混然一体となった気流混入洗浄液が作られるものではない。

本願発明が、被洗浄物に対し、加圧水流によって水撃を加えて洗浄するものであることは、本願発明が、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された「加圧水流の水撃により被洗浄物を洗浄する」ことを要件とする水中洗浄方法の発明を特定発明として、その実施に直接使用する装置の発明(特許法37条4号)であること、平成8年2月13日付け手続補正に係る本件明細書(甲第8号証、以下単に「本件明細書」という。)に、「加圧水流がノズル2から被洗浄物Mへ向けて噴射されると、その水流は被洗浄物Mの洗浄部分に衝突して水流によりその衝突箇所と周辺を洗う」(5頁28行目~29行目)、「加圧水流が洗浄部分を水撃する」(6頁11行目)との各記載があることにより明らかである。

また、本願発明から噴射される加圧水流の中央部分に気流の混入しない加圧水流のみの領域があり、その外周に気液混合領域があることについて、本件明細書に明確な記載はないが、水流全部が気流を混合した流れに変化するという記載もなく、全体として考えれば中央領域の加圧水流が水撃を行い、これに加えて外延領域の気泡の破裂によって洗浄がされることが理解されるものである。

(3)  これに対し、引用例発明は、引用例(甲第2号証)の「ノズル内で空気を吸引した気泡混入洗浄液を噴射させることを特徴とする気泡洗浄方法」(特許請求の範囲)、「洗浄液2は・・・液導管導11(注、「液導入管11」の誤記と認められる。)を通つて混入室7内に噴射し、この噴射に伴う負圧によつて空気導入管13から空気を気泡として洗浄液中に混入し、この気泡混入洗浄液をノズル10の加圧孔8で加圧して噴射孔9から噴射して被洗浄物3に吹付け洗浄する。」(2頁右上欄15行目~21行目)との各記載及び図面第1、第2図に照らして、液導入管11からの洗浄液が混入室7内に噴射され、これに空気を混入して気泡混入洗浄液としたものを噴射孔9から噴射し、被洗浄物に吹き付けて洗浄するという気泡による洗浄方法の発明である。本願発明のように加圧水流の水撃により被洗浄物を洗浄するとの記載は、引用例に存在しない。そうすると、引用例発明において、噴射孔9から噴射されるのは、洗浄液全体に気泡が混然一体と混入し、その洗浄液流の横断面において、気泡がほぼ一面に混入している状態の気泡混入洗浄液であって、加圧水流領域と気流を伴う加圧水流外延の領域という異なる洗浄流体の領域を形成するものではない。

(4)  本願発明の「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2」、「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」及び「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」の構成は、前示のとおり、噴射する水流に、水撃のための加圧水流領域と気流を伴う加圧水流外延の領域という、異なる洗浄流体の領域を形成するためのものであり、引用例発明に、これらに相当する構成は存在しない。

審決は、引用例発明の「液導入管11」が、本願発明の「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2を有する加圧水配管3」に相当すると認定し(審決書6頁13行目~7頁5行目)、この認定に従えば、引用例発明の液導入管11の混入筺体側の先端部分が、本願発明のノズル2に相当することになるが、液導入管11の先端は、ノズル2と構造的には一致するとしても、洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのものではないから、ノズル2と同質のものということはできず、上記の審決の認定は誤りである。

また、審決は、引用例発明の「空気導入管13」が本願発明の「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」に相当すると認定した(審決書7頁6行目~9行目)が、引用例発明においては、負圧により加圧水流の外延の部分に気流を取り込むために、気流配管によってノズル外周と先端開口との間へ気流を導くという本願発明のような技術的要請はない。引用例発明において、混入筺体6の上壁に設けた混合孔12に空気導入管13の一端が螺合しているが、これは、混入室7内で洗浄液と気泡との混合状態を作ることを目的とするものであって、「空気導入管13」が本願発明の「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」に相当するものではないから、上記の審決の認定は誤りである。

そうすると、審決は、引用例発明が上記の本願発明の構成要件を備えていない相違点を看過したものといわざるを得ない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決の認定した本願発明と引用例発明との相違点である「前者(注、本願発明)が、気流配管の先端部を『開口』としているのに対して、後者(注、引用例発明)ではこれが『噴射孔』である点」(審決書7頁11行目~13行目)につき、審決は、「引用例の『噴射孔9』は、液導入管11のノズル部の周囲を取り囲んだ空気導入管13、混入筺体6、ノズル10の先端部にあって、洗浄槽内に向かって突出するように形成されており、・・・作用・機能の面からも、本願発明の『洗浄槽内に向かって突出した先端開口4』と格別違わないものであると認められる。そして『開口』と『噴射孔』には構成上格別の差異はなく、『噴射孔』とするか『開口』とするかは、当業者が適宜なし得る設計的事項というべきである。」(同7頁17行目~8頁14行目)と判断した。

しかしながら、本願発明において、ノズル2から噴射する加圧水流に、中央部分の気流の混入しない加圧水流のみの領域と、気流を伴う加圧水流外延の領域とが形成されることは上記1のとおりであり、この異なる領域から成る水流が先端開口4から噴射されるものである。他方、引用例発明において、噴射孔9から噴射されるのが、洗浄液全体に気泡が混然一体と混入した状態の気泡混入洗浄液であることも上記1のとおりである。

したがって、本願発明の先端開口4は、中央部分で気流の混入しない加圧水流を噴射し、外側部分で引用例発明の気泡混入洗浄液に相当する気流混合液を噴射するものであるから、その外側部分のみが引用例発明の噴射孔9に相当するものであり、審決の上記判断は誤りである。

第4被告の反論

審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点の看過)について

(1)  「ノズル」とは、「①流体を外部に噴出する口または管。②管状の流路。③ポンプ、送風機・圧縮機ケーシングの吸込み口および吐出し口の部分。」(「ポンプ・送風機・圧縮機用語事典」194頁)、「筒状で先端の細孔から流体を噴出する装置」(「広辞苑第3版」1886頁)、「筒状の先端の細穴から流体を噴出させる装置」(「図解機械用語辞典」468頁)のことであるところ、引用例発明の液導入管11は、ポンプ14の吐出口に接続されている管状の流路であり、その混入筺体側の先端は、細孔から加圧された液を外部に噴射する口または管であり、ポンプ14の吐出口に相当するともいえるものであるから、ノズルに当たるものである。そして、混入筐体6、ノズル10、噴射孔9が、液導入管11の先端の周囲を取り囲む形状を構成しているのであるから、引用例発明は、本願発明の「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有し、かつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4を有し」との構成を備えているものであり、引用例発明の液導入管11の先端は、本願発明のノズル2に相当するものである。

(2)  また、本願発明は、噴射される加圧水流の中央部分に気流の混入しない加圧水流のみの領域があり、その外周に気液混合領域があることを発明の構成としておらず、本件明細書にも、本願発明がそのような構成であることを裏付ける記載はない。かえって、本件明細書(甲第8号証)の「気泡は加圧水流に巻き込まれて猛烈に撹拌されているような運動を伴っており、かつ加圧水流によって洗浄水中を搬送されている状態にある」(6頁7行目~8行目)、「加圧水流により気流を吸引することにより高速度の気流を洗浄水中に導入し」(8頁18行目~19行目)との各記載によれば、本願発明において、気泡は加圧水流中で猛烈に撹拌される運動を伴いながら、先端開口4より噴射し、洗浄水中を搬送されると考えるのが相当である。

他方、引用例発明においても、引用例(甲第2号証)記載のとおり、「洗浄液2は・・・液導管導11(注、「液導入管11」の誤記と認められる。)を通つて混入室7内に噴射し、この噴射に伴う負圧によって空気導入管13から空気を気泡として洗浄液中に混入し、この気泡混入洗浄液をノズル10の加圧孔8で加圧して噴射孔9から噴射して被洗浄物3に吹付け洗浄する」(2頁右上欄15行目~21行目)ものであって、その気泡混入洗浄液流は、本願発明の気流を吸引した加圧水流と異なるところはなく、引用例発明の噴射孔9も本願発明の先端開口4と実質的に同じ作用、機能を果たすものである。

そうすると、引用例発明の空気導入管13は、本願発明の「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」に相当するものというべきである。

(3)  したがって、審決に、原告主張の本願発明と引用例発明との相違点の看過はない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

本願発明が、噴射される加圧水流の中央部分に気流の混入しない加圧水流のみの領域があり、その外周に気液混合領域があることを発明の構成としていないこと、引用例発明の噴射孔9が、本願発明の先端開口4と実質的に同じ作用、機能を果たすものであることは、上記1のとおりである。

そうすると、「引用例の『噴射孔9』は、・・・作用・機能の面からも、本願発明の『洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4』と格別違わないものであると認められる。そして『開口』と『噴射孔』には構成上格別の差異はなく、『噴射孔』とするか『開口』とするかは、当業者が適宜なし得る設計的事項というべきである。」とした審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の看過)について

(1)  原告は、引用例発明には、本願発明の「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2」、「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」及び「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」に相当する構成が存在しないから、審決は、引用例発明が、当該本願発明の構成要件を備えていない相違点を看過したものと主張する。

(2)  本件明細書(甲第8号証)には、本願発明の実施例におけるノズル2の機能、作用につき、「加圧水流がノズル2から被洗浄物Mへ向けて噴射されると、・・・ノズル2の外周が一種のスロートとなって負圧が発生し、ノズル周囲の気流が洗浄槽内へ負圧吸引作用によって導入される・・・導入気流は大気、又は、気体源からの気流であり、連続的な気流が形成され、この気流はノズル2から洗浄槽中へ噴射される加圧水流に混入される。」(5頁28行目~6頁4行目)との記載があることが認められる。他方、引用例に、「洗浄槽1内の洗浄液2はポンプ14によって吸引されて加圧され、導管15及び液導入管11を通つて混入室7内に噴射し、この噴射に伴う負圧によつて空気導入管13から空気を気泡として洗浄液中に混入し、この気泡混入洗浄液をノズル10の加圧孔8で加圧して噴射孔9から噴射して被洗浄物3に吹付け洗浄する。」(審決書5頁17行目~6頁3行目)との記載があることは当事者間に争いがない。そして、これら双方の記載と引用例(甲第2号証)の図面第1、第2図によれば、引用例発明の液導入管11の先端部分は、そこからの洗浄液の噴射に伴う負圧によって空気を洗浄液中に混入する驪@能、作用を有するものであって、その点において、本願発明のノズル2と格別相違するところはないものと認められる。

また、本願発明の「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4を有し」との構成にかんがみると、本願発明のノズル2は、その周囲を取り囲む部材を有し、かつ、その部材がノズル2の周囲を取り囲んで成る空間は、当該部材によって形成される先端開口4を介して洗浄槽と連通するものと認めることができる(「開口」それ自体が「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有」することは想定し難いから、ノズル2の周囲を取り囲むのは、開口を形成する部材であると解するのを相当とする。)。他方、引用例に、「洗浄槽1内には被洗浄物3と対向する位置に気泡ノズル5を設置する。この気泡ノズル5は第2図に示すように、混入筺体6の一方に混入室7と連通する截頭円錐形の加圧孔8を設け、該加圧孔と連通する噴射孔9を有するノズル10を螺合し、ノズル10の反対側の混入筺体6に液導入管11を貫通し、その先端をノズル3(注、「ノズル10」の誤記と認められる。)・・・の附近にのぞませ、混入筺体6の上壁には混合孔12を設け、該混合孔と連通する空気導入管13の一端を螺合し、該空気導入管13の他端は外気と連通するように開口して構成している。」(審決書5頁4行目~15行目)との記載があることは、当事者間に争いがなく、この記載と、引用例(甲第2号証)の図面第1、第2図とによれば、引用例発明には、液導入管11の先端部分を取り囲むように、混入筐体6及びノズル10が設けられており、これらが液導入管11の先端を取り囲んで成る空間は、液導入管11の先端からの噴射方向に位置する噴射孔9を介して、洗浄槽と連通していることが認められる。

そうすると、引用例発明の液導入管11の先端部分は、本願発明のノズル2と同様の機能、作用を有しており、また、引用例発明の混入筐体6及びノズル10が液導入管11の先端部分を取り囲み、それによって成る空間が、液導入管11の先端からの噴射方向に位置する噴射孔9を介して、洗浄槽と連通している態様は、審決が相違点として認定した「開口」と「噴射孔」の相違を除いては、本願発明の「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」の構成と異なるところはないものと認められる。さらに、本願発明のノズル2に係る「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するため」との構成は、ノズル2から噴射される加圧水流が、先端開口4を経て、連通する洗浄槽内の洗浄水中にまで達するということであるところ、引用例発明においても、前示のとおり、噴射孔9が液導入管11の先端からの噴射の方向に位置しており、引用例の前示「液導入管11を通つて混入室7内に噴射し、この噴射に伴う負圧によつて空気導入管13から空気を気泡として洗浄液中に混入し、この気泡混入洗浄液をノズル10の加圧孔8で加圧して噴射孔9から噴射して被洗浄物3に吹付け洗浄する。」との記載に照らしても、液導入管11の先端から噴射された洗浄液は、噴射孔9を経て、連通する洗浄槽に達するものと認められる。

したがって、引用例発明は、前示「開口」と「噴射孔」の相違を除き、本願発明の「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」及び「洗浄槽内の洗浄水中へ加圧水流を噴射するためのノズル2」の構成に相当する構成を備えるものというべきである。

(3)  本件明細書(甲第8号証)には、本願発明の実施例における気流配管5につき、「先端開口4の他端は気流配管5により大気、又は気体源に通じている。」(5頁22行目~23行目)との記載があり、この記載に照らして、本件明細書の前示「加圧水流がノズル2から被洗浄物Mへ向けて噴射されると、・・・ノズル2の外周が一種のスロートとなって負圧が発生し、ノズル周囲の気流が洗浄槽内へ負圧吸引作用によって導入される・・・導入気流は大気、又は、気体源からの気流であり、連続的な気流が形成され、この気流はノズル2から洗浄槽中へ噴射される加圧水流に混入される。」との記載に係る加圧水流に混入される「大気、又は、気体源からの気流」は、「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」によって導入されるものと認められる。他方、引用例の前示「洗浄液2は・・・導管15及び液導入管11を通つて混入室7内に噴射し、この噴射に伴う負圧によつて空気導入管13から空気を気泡として洗浄液中に混入し」との記載及び図面第1、第2図によれば、引用例発明において、気泡として洗浄液中に混入する空気が、空気導入管13によって導入されるものであることが明らかであるから、引用例発明の空気導入管13は、本願発明の「ノズル2外周と先端開口4との間へ気流を導く気流配管5」に相当するものと認められる。

(4)  原告は、本願発明の加圧水流が、その横断面の中央部分に気流の混入しない加圧水流のみの領域があり、その外周を、気流を取り込んだ気液混合領域が取り囲んでいるものであるのに対し、引用例発明の洗浄液流は、洗浄液全体に気泡が混然一体と混入した状態の気泡混入洗浄液であるとした上で、引用例発明においては、負圧により加圧水流の外延の部分に気流を取り込むために、気流配管によってノズル外周と先端開口との間へ気流を導くという本願発明のような技術的要請はないと主張する。

しかしながら、本願発明の加圧水流が、その横断面の中央部分に加圧水流のみの領域があり、その外周を、気流を取り込んだ気液混合領域が取り囲んでいるというようなことは、発明の要旨の規定するところでないことはもとより、本件明細書(甲第8号証)にもかかる記載は存在しない。

この点につき、原告は、本願発明が、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された「加圧水流の水撃により被洗浄物を洗浄する」ことを要件とする水中洗浄方法の発明を特定発明として、その実施に直接使用する装置の発明であり、被洗浄物に対し、加圧水流によって水撃を加えて洗浄するものであるとした上、全体として考えれば中央領域の気流の混入しない加圧水流が水撃を行い、外延領域の気泡の破裂によって洗浄がされることが理解されると主張する。しかしながら、同一の出願に係る明細書中に、特許請求の範囲を異にする複数の発明が記載される場合であっても、それぞれの発明の要旨は、原則として各々の特許請求の範囲の記載に従って認定され、これに基づいて、その新規性、進歩性の判断がされるものであるところ、本願発明の洗浄装置が、加圧水流の「水撃」により被洗浄物を洗浄すること自体、本願発明の要旨の規定するところではないのみならず、仮にそのことを前提としたとしても、加圧水流の「水撃」により被洗浄物を洗浄するということから、中央領域の気流の混入しない加圧水流が水撃を行い、外延領域の気泡の破裂によって洗浄がされることが、一義的に導かれるものでもない。かえって、本件明細書(甲第8号証)の、実施例に係る「加圧水流は無数の気泡を巻き込んだ流れとなって、洗浄部分に衝突するが、・・・巻き込まれた気泡は高速で運動し、被洗浄物に衝突することによってキャビテーションを生じ、加圧水流が洗浄部分を水撃することに加え、キャビテーションで生じる微細な気泡が破裂、消滅するときに発生する強い衝撃波により、洗浄部分に対する洗浄が行なわれる」(6頁6行目~13行目)との記載、及び発明の効果に関する「無数の気泡の動きを加圧水流により被洗浄物の所望の洗浄部分へ的確に噴射し、それを被洗浄物表面で破裂させることにより、気泡の擾乱、その破裂衝撃波及び水流の衝撃の各作用で洗浄部分の汚れを落すことが出来る。」(9頁1行目~3行目)との記載において、被洗浄物における、加圧水流が衝突する部分(水流の衝撃の作用が生じる部分)と、気泡の破裂が生じる部分とは、いずれも「洗浄部分」とされ、何ら区別されておらず、同一の箇所であると解されるから、これらの記載からは、本件明細書記載の発明において、「水撃」を行う加圧水流の部分にも気流(気泡)が混入しているものと認めるのが相当である。

(5)  したがって、原告の上記主張は採用することができず、本願発明と引用例発明とに、原告主張の相違点の看過は存在しないというべきである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  前示1の(2)のとおり、引用例発明における、混入筐体6及びノズル10が液導入管11の先端部分を取り囲み、それによって成る空間が、液導入管11の先端からの噴射方向に位置する噴射孔9を介して、洗浄槽と連通している態様は、本願発明の「ノズル2の周囲を取り囲む形状を有しかつノズル2よりも洗浄槽内へ向かって突出した先端開口4」の構成と、「開口」と「噴射孔」の相違を除いて異なるところがなく、また、引用例発明の液導入管11の先端から噴射された洗浄液が、噴射孔9を経て、連通する洗浄槽に達するものである点で、その噴射孔9は、本願発明の先端開口4と機能、作用を共通にするものと認められることにかんがみると、引用例発明の噴射孔9を、単なる開口ではなく、噴射孔としたことは、当業者が適宜選択し得る設計事項の範囲を出るものではないと解することができる。

(2)  原告は、本願発明の加圧水流に、中央部分の気流の混入しない加圧水流のみの領域と、気流を伴う加圧水流外延の領域とが形成されるのに対し、引用例発明の洗浄液が、その全体に気泡が混然一体と混入した状態の気泡混入洗浄液であるとした上で、本願発明の先端開口4は、中央部分で気流の混入しない加圧水流を噴射し、外側部分で引用例発明の気泡混入洗浄液に相当する気流混合液を噴射するものであるから、その外側部分のみ引用例発明の噴射孔9に相当するものであると主張するが、本願発明の加圧水流に、中央部分の気流の混入しない加圧水流のみの領域と、気流を伴う加圧水流外延の領域とが形成されるということ自体が認められないことは、前示1の(4)のとおりであるから、原告のこの主張を採用することはできない。

(3)  したがって、「『噴射孔』とするか『開口』とするかは、当業者が適宜なし得る設計的事項というべきである。」とした審決の判断に、原告主張の誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例